マウンテンサイクリング in 乗鞍 女子優勝! 牧瀬翼選手 part 2
前回は牧瀬翼選手の脚質と乗鞍HCレース当日までのコンディションについて書いてみましたが、今回はレース当日のレース戦略とパワーを見ていきましょう!
(1)何ワットで走るべきか?
初めて走るヒルクライムの場合、どれぐらいの強度で走れば良いか感覚的には分からないものです。
そういった場合でも過去のパワーデータから自身がどの程度の走力を持っているかを推し量ることが出来ます。
そうすることでオーバーペースを防ぎ、コントロールしたレースが可能になります。
牧瀬選手のPDカーブ(過去のMMPから出せるパワーをモデリングしたもの)に乗鞍の予想タイムである1時間10分を当てはめてみると概ね231Wをキープできることが分かります。
このワット数をキープ出来れば、「良いレースが出来た。」と言うことが出来ますし、更に限界を超えて記録更新が出来れば「ベストなレースが出来た。」と言えるでしょう!
ただここで気をつけなければならないのは標高です。過去のパワーデータの殆どは低地で記録されていますから、標高が高く酸素濃度の薄い乗鞍では少し低めに目標パワーを設定しておく必要があります。
(2)ワット数が高くなれば勝てるのか?
ワット数=高いパワーが維持できれば当然タイムは短縮出来ます。ですからワット数が高いほど有利になるのは明らかです。
しかし乗鞍ヒルクライムでは平均ワット数が唯一勝利を決めるファクターではありません。
なぜなら乗鞍はマスドスタート(全員が一緒にスタートする)ですから、レベルが高くなればなるほどロードレース的駆け引きやその他の条件が結果に影響してくるからです。
平均パワーだけでなく坂の勾配や風などの自然条件、ライバルとの駆け引き、心理状態が大きくレース結果に影響します。
日本人初の欧州プロ・市川雅敏さんの言葉を借りれば、このあたりが「自転車レースはドッグレースとは違う。」ところです。
乗鞍ヒルクライムの結果を決めるファクター
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(3)ペーシング
ヒルクライムレースではスタートからゴールまで高いパワーを維持する能力が求められます。
1.有酸素能力(FTP / VO2Max), 2.パワーウエイトレシオはレース当日までに決まっているわけですから、レース当日はその能力をどれだけ引き出せるかが勝敗を決めます。
そのためにはペーシングが必要です。
ペーシングとは、最大限の仕事量を引き出すためのスピード・コントロールと言い換えることが来ます。
スタート直後は熱くなり過ぎてオーバーペース陥らないこと。それでいて遅すぎないペースに乗せること、中盤以降は出来る限りペースを落とさず最後の一滴まで絞り切る精神力が求められます。
特に乗鞍ヒルクライムは最初にオーバーペースに陥ると、標高により酸素が薄くなる後半でペースを取り戻すのは難しくなります。
更に後半の方が勾配はキツく、森林限界に達した後は吹きさらしの道が続きますから、完全に足が止まる可能性さえあります。
その為、前半はライバルの動きを見つつ、ある程度動きに対応できる余裕を残しておき、後半勝負を決めにかかるのが定石です。
牧瀬選手はライバルの動向をみつつレースをすすめ、後半勾配のキツくなる位ヶ原山荘付近でアタック!
独走に持ち込み大会レコードに20秒に迫る1時間8分34秒でフィニッシュラインを越えました。
データを見返すと前半のAVGパワーは241W, 後半は225W, 全体の平均ワット数は233W。
ほぼ事前に予想されたワット数と同じでした。
またレース後半でアタックした時のパワーは13秒 343W 時速は28km! その後もペースを落とさずに走りきっています。
タイムは狙わずに勝ちを意識した走りをしたという彼女ですが、その走りはパワーデータにも表れています。
次回は標高がパワーに与える影響と今後のタイム予想をすることで更に詳しく見ていきたいと思います。
Peaks Coaching Group – Japan
中田尚志
マウンテンサイクリング in 乗鞍 女子優勝! 牧瀬翼選手 part 1
今年も4,000人以上のクライマーが出場したマウンテンサイクリング in 乗鞍。
女子の部でコースレコードまで20秒に迫る走りで優勝した牧瀬翼選手のデータを見てレースを振り返ってみましょう!
牧瀬選手はPCGの伊藤透コーチの指導のもと春先欧州でレースをこなし、全日本選手権(3位)までを区切りとしてコーチングしてきました。
今回のレースは既に2019年を見据えたトレーニングの一環として参加しています。
(1)牧瀬選手の脚質
牧瀬選手は陸上の実業団選手としてキャリアを積んだ後にロードレースに転向した選手です。
エンデュランス・アスリートとしてのバックグラウンドは比較的早く自転車のパフォーマンスに活かされ、20代中盤を過ぎて本格的に競技に取り組み始めたにも関わらず2016年全日本選手権4位、そして今年は3位表彰台と実績を残してきました。
彼女のパワープロファイルも他のエンデュランス・スポーツから転向した選手によくある傾向を示しています。
それは他のスポーツではあまり筋力を必要とせずに発揮できるスプリント、AC(無酸素能力)は比較的低く、VO2Max(最大酸素摂取量)およびFTP(有酸素能力)が非常に高い、パワープロファイルの右側に行く程(有酸素の割合が多くなるほど)高くなるというものです。
牧瀬選手の場合、特にVO2Maxが高く、ワールドクラスに届こうかというレベルです。これは早い内にスポーツに取り組んでいたことと天性の資質によるものだと思われます。
これは同時に彼女のFTPはまだ若干上げられる可能性があることも示しています。
パワープロファイル 5秒, 1分, 5分, 20分のマックスパワーを体重で割ったもの。 各時間のマックスを測ることで、各エネルギー供給システムごとの能力を知り、さらに体重で割ることで選手の脚質を知ることが出来る。 5秒: スプリント 1分: 無酸素能力 5分: VO2Max 20分: 有酸素能力 |
牧瀬選手のパワープロファイル
写真提供 (c)Tsubasa Makise
(2)当日のコンディション
全日本後に休養を取り、その後、彼女はエアロビックなトレーニングを中心にトレーニングを行ってきました。
その為、レースシーズンのような”バリバリ”のコンディションではないものの彼女のCTLは、ある程度高い所(CTL=89tss/d)にあり、尚且つシーズンの疲労を引きずってはいない為に、コンディションとしてはまずまずの走りが出来る可能があったことがPMC(パフォーマンス・マネージメント・チャート)からも読み取れます。
また来季のトレーニングの一環として参加したために、レースに向けてトレーニング量を落とすコンディショニングをしたわけでもない(ATL=99tss/d, TSB=-6)こともまたPMCから読み取ることが出来ます。
PMC(パフォーマンス・マネージメント・チャート)
CTL: 過去42日間のTSSの平均≒フィットネスレベルを表す。 TSB: CTL-ATL=TSB 当日の調子を表す。
例: CTLが高くATLが低い=TSBは0以上→しっかり練習できていながら疲労は無い=調子が良い。 CTL – ATL = 100 tss/d – 80 tss/d = +20 = TSB
CTLが低くATLが高い=TSBは0以下→今まであまり練習していなかったにも関わらず、この一週間で一気に乗り込んだ=今日は疲れていて調子が悪い。 CTL – ATL = 70 – 90 = -20 = TSB
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乗鞍の試走を行う牧瀬選手
写真提供 (c)Tsubasa Makise
次回は牧瀬選手のレース当日のパワーデータの詳細を追っていきたいと思います。
Peaks Coaching Group – Japan
中田尚志
[レース] パリ〜ルーベのウイニング・データ
2016年4月のポストの再投稿です。
今見ても非常に興味深いですね。
412TSS, 6,696kJを石畳の上でこなすクラシック。
データから見てもパリールーベは本当に驚異的ですね。
今年の闘いも楽しみです!
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15回目の挑戦で北の地獄を制覇したマシュー・ヘイマンのウイニングデータが公開されました!
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ヘイマンのパーソナルデータ
チーム: オリカ・グリーンエッジ
タイプ:アシスト
年齢:37才
プロキャリア:18年目
FTP: 423w
体重: 82kg
P/W ratio: 5.15w/kg
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レースデータ
ロードレースのパワーデータを解析する時、まずチェックするのは時間/TSS/kJです。
距離: 255km
時間: 6h9m(メーター読み)
TSS:412(!!)
消費エネルギー:6,696kJ(!!)
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レース解析
(1)レース時間 6時間9分
フランドルと並びモニュメントと称されるパリ・ルーベ。
2/27に行われたオムループでの落車で腕を骨折したヘイマンはローラーでリハビリを重ね4/2のGPミゲル・インデュラインでレースに復帰したところです。
6時間のレースを戦うスタミナにかなり不安がある状態での参戦となりました。
またスタミナだけでなく高度なテクニックが要求される石畳のレースでは、パリ・ルーベの前に危険覚悟でオムループ、クールネから始まる石畳を含むレースをこなしておくことが必須と言われますが、ヘイマンはこのレースの前に一度も石畳のレースをフィニッシュすること無くレースを迎えています。
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(2)TSS 412tss
最後に優勝をかけて戦った5名の中で唯一前半から逃げに乗りレースをリードしていたのはヘイマンです。
終始高速で走り続けたヘイマンのTSSは412!
1日に1時間のTT約4本分のストレスを体にかけたことになります。
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(3)6,696kJ
レース中ヘイマンが消費したエネルギー量は6,696kJ(!)
1時間あたり1,097kJ/h。
モニュメントを制する闘いは1,000kJ/hを超えると言われています。このエネルギー量から単に距離が長いだけでなく6時間高強度で走っている事が分かります。
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(4)NP ノーマライズドパワー
「もしペダルを止めずに一定ペースで走ったらどのぐらいのワット数になっていたか?」を表すのがノーマライズドパワーです。
これはAVGパワーでは表せない肉体にかかるコストを計算する為に作られたものです。
パリ・ルーベというと石畳のイメージがありますが、最初の100㎞には実はこれと言った石畳はありません。
100㎞を超えてから徐々に石畳が現れ158㎞地点のアーレンベルグから一気に難易度が増します。
(データを見るとこの辺りでスピードセンサーが壊れています。)
ヘイマンのグループは逃げているもののアーレンベルグまでは、ある程度の様子見で進め、後半はペースを上げているのがNPから読み取れます。
NP比較
距離 | NP(W) | IF |
0-100km | 342W | 0.81 |
100-158km | 328W | 0.77 |
159km-Finish | 364W | 0.86 |
レース全体 351W←もしヘイマンが一定ペースで走ったら6時間351W を維持出来るという事です(!!)。
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(5)5人の戦い
最後の5人に残り勝負権を得たヘイマンは、ファボリ(優勝候補)と互角に戦います。
石畳で先行したセップ・ファンマルケをとらえたヘイマンは、トム・ボーネンとアタック合戦を演じた瞬間、この日最高の2秒1,273Wを記録します。
2人で逃げ切ると思われましたが、ヴェロドロームを前に吸収。この時までに石畳を27回越え、252kmを走行しており誰にも余裕は残っていません。 ヘイマンは流し先行で3コーナーから早めに仕掛けます。
ゴールスプリント
17秒 AVG1,028W Max1,234W
最後に17秒も1,000Wを超えるスプリントが出来ることから、彼が単なるダークホースでなかったことが分かります。
こうしてキャリア109勝を誇るボーネンに勝った、キャリア2勝のヘイマン。
私の知る限り、モニュメントのウイニングデータが公開されるのは初めてです。
じっくり見て頂きたいと思います。
Power Analysis: Mathew Hayman’s Victory at Paris-Roubaix
https://www.trainingpeaks.com/blog/power-analysis-mathew-hayman-s-victory-at-paris-roubaix/