さぁパワートレーニングを始めよう!Part1 理論編①
ここ数年プロの世界ではパワーメーターの装着率が飛躍的に増え、アマチュア愛好家にもかなり普及してきました。
それに伴いレース会場でも「パワトレ」や「FTP」といった言葉が頻繁に聞かれるようになってきました。
しかし「パワートレーニングって最近よく聞くけど実際なに?」「FTPが高かったら何がいいの?」「そもそもパワートレーニングのメリットって何?」という疑問も多く聞かれます。
そこで「さぁパワートレーニングを始めよう!」と題して、パワートレーニングの定義・メリット・実際のやり方などをシリーズで詳しくご説明していきたいと思います。
1.パワートレーニングって何?
パワートレーニングはパワーメーターを用いワット数を基準にトレーニングをすすめるトレーニングです。
自身が「現在持っているパワー」と「目標達成に必要とされるパワー」を測り、その数値に向かって努力するトレーニングと言えます。
簡単に言うと
まずはロードに出て自身のパワーを測るところから始めましょう!
2.何が良いの?
パワーメーターにより走行中に発揮した力=ワット数をダイレクトに計測する事ができます。その為、強度と時間を正確に測り走行後に「現在持っているパワー」をどれだけ発揮したか?また「どれだけ伸ばす努力が出来たか?」を正確に測ることが出来ます。その為、強化が必要なポイントを正確な強度でトレーニングする事が可能になります。
3.FTPってなに?
1時間全力疾走した時の最大平均パワーがFTPです。
Functional Threshold Power(ファンクショナル・スレッシュホールド・パワー)の略で、1時間に発揮できる最大パワーです。
これは有酸素能力の限界を測る良い指標になります。またOBLA・ATと言われる有酸素能力の指標と概ね一致します。
※OBLAは血中乳酸が4ミリモルに達する地点、LTは2ミリモルに達する地点を指すことが多い。自転車の世界ではLT=OBLAと混同されていることが多いですが正しくは別の基準(LT≠OBLA)です。
4.有酸素能力の限界って?
皆さんも仲間と登りを上っている時、ある一定の強度までは結構余裕があったのに、そこから少しペースが上がると突然苦しくなったご経験があるかと思います。
その地点がまさに有酸素能力の限界です。有酸素能力とは産出される乳酸を処理できる範囲と言えます。その範囲を超えると処理しきれなくなった乳酸が筋肉に溜まりペースが維持できなくなってしまいます。
ですから有酸素能力の高い選手と低い選手が一緒に登りを上った場合、有酸素能力の高い選手がハイペースを維持出来るのに対し、低い選手は乳酸が一杯になってチギれてしまうのです。
ですから有酸素能力(エアロビック キャパシティ)を引き上げて行くトレーニングが重要なのです。
5.なぜFTPを使うの?
FTPが登場するまでは研究所のトレッドミルやエルゴメーターでOBLA(血中乳酸値)を計測し有酸素能力を測る方法が主流でした。しかし血中乳酸値を使ったテストには個人差があり、必ずしも実際の走力を反映しているとは言えませんでした。
たとえばOBLAに使われる乳酸値4ミリモルは”一般的に”乳酸が急激に溜まり始める地点です。しかし5ミリモルでも長時間運動を続けれる選手は居ますし3ミリモルで動けなくなる選手も居ます。
しかしFTPは1時間の全力疾走の実測値ですから絶対的な指標になります。
またこの方法であれば研究所に行くよりも手軽に計測が行えますし、何より実走で使ったデータを元にトレーニングを組み立てる事が出来ます。その為、FTPを使うのです。
パワーメーターが別名「走るエルゴメーター」と言われるゆえんです。
6.FTPを使って何が出来るの?
FTPを基準に各パワーゾーンの設定を行えます。
これにより自身の長所・短所を明確に知ることができ、強化すべきポイントが明確に理解できます。
下記の図はFTPを用いて作成した各パワーゾーンの表です。
Power Base Training Levels(FTP300wの例)
FTPを引き上げるのが重要な事は書きましたが、実際の自転車レースではFTP以外にも繰り返されるアタック、登り、ゴールスプリントに耐えうる能力が必要です。
皆さんも実際レースやトレーニングで「彼より登りは強いのにスプリントでいつも負かされる。」「いつもトレーニングでは勝てるのにレースの最終局面に残れない。」といったような悔しい思いをされたことがあると思います。
それはパワーゾーンに置き換えると「FTPは高いのにアネロビックが弱い。」「FTPは高いが繰り返されるVO2MAXの強度に弱い。」ということかもしれません。
それならばFTPの他に前者はアネロビックゾーンを中心に強化すれば勝てる可能性が高くなりますし、後者はVO2MAXを鍛えればライバルに勝てるようになる可能性が高くなります。
このように自分の長所・短所をピンポイントで狙い撃ちし完全な選手を目指すのがパワートレーニングのアプローチです。
次回はパワートレーニングを行う事による実際のメリットをご紹介して行きます。
Peaks Coaching Group
ハンターアレン、中田尚志(共著)
ハンター・アレン…全米自転車競技連盟Level1認証コーチ。元プロ・ロード選手。1995年よりあらゆる種目のコーチングを手掛け世界チャンピオン、全米チャンピオンを始め1,000以上の勝利に貢献している。全米自転車競技連盟パワートレーニング講座の講師。
パワー・トレーニング・バイブル(原書:Training and racing with Power Meter)他、著書多数。
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さぁパワートレーニングを始めよう!Part2 理論編②
前回はパワートレーニングの基本的な考え方について述べましたが、今回は実際のメリットについてご説明します。
パワートレーニングのメリット
(1) 目標値の設定・確認が出来る。
FTPを基準にパワーゾーンを設定する事で、長所・弱点の把握が行えます。
また目標に対してどれだけの強化が出来たか把握できます。
目標設定の例
・前回300wattsで20分かかった登りを今日は310wattsで登ってみよう!
・いつもは360wattsで5本繰り返すインターバルを今日は6本やってみよう!
達成度確認の例
・300watts 15分 x 3本の練習を繰り返し 310watts 15分 x 3本が出来るようになった。→約3% x 3本の向上
・330wattsで3分しか維持できなかったパワーが360wattsで出来るようになった。→約10%の向上
またパワーメーターがあれば、練習とレースのパワーを比較する事も出来ます。
過去の自分を打ち負かそう!
(2)データ解析が出来る。
下記の図はあるプロ選手のゴール前1kmのデータです。
赤い線が心拍数・青色がスピード
・オレンジが勾配を表しています。
心拍数はラスト1kmの地点で163bpmであったのが、ゴール前で174bpmまで上昇しています。
このデータからは段々とゴールまでペースが上がったように見えます。
ではこの図にパワーをあらわす黄色の線を加えてみましょう。パワーデータが表す彼の動きは下記の通りです。
・アシストに引かれて足を使わずスピードを上げています。
(図中①)
・この後、パワーは0ワットになり一瞬脱力していることが分かります。
(図中②)
・解き放たれた彼はスプリントを開始します(図中③)。
・相手との距離を測り一瞬足を貯めます(図中④)
・そして最終スプリントに入ります(図中⑤)
・後続は離れフィニッシュラインを踏む時は脱力しています
(図中⑥)。
そう、彼はこのレースを優勝したのです!
パワーデータを解析すると下記のようになります。
・アシストに引かれて前に上がる時に無駄に足を使わなかった(24秒平均587w①)。
・アシストに解き放たれる直前に一度完全に脱力し足を貯めた(5秒0-120w②)。
・解き放たれた瞬間に2度900wのキックを行い後続を突き放した③。
・再度足を貯めた(5秒間15-322w④)
・ゴール直前で3度目のキックを行い完全にライバルを諦めさせる事に成功した。(7秒間平均604w⑤)
・最後は流してゴールした⑥。
このようにパワーデータはデータのみに留まらずレースのストーリーさえも克明に描き出してくれます。
これはコーチと選手が情報を共有する上で非常に有益になります。
彼のコーチは後に「30秒間600wを維持した後、3秒OFF -5秒ON(90%Sprint) -3秒OFF -15秒MAX SPRINT!!」のレース シュミレーションメニューをこの選手に与えています。
(3)トレーニングの最適化が図れる。
トレーニングは一見「どこまでも遠く、誰よりも速く」走った人が一番強くなれるように思えます。しかし実際は毎日頭が真っ白になるまで走ったからと言ってレースに勝てるほど自転車競技は単純なものではありません。
その時必要な強度で、最適な時間トレーニングを積めた選手が、レースで最適な走り方をした時に勝利はもたらされます。
パワーメーターは必要な強度・最適な時間を正確に測る事が出来ます。
(4)時間短縮トレーニングが出来る。
長いトレーニングでも“実際にトレーニングしている時間”は意外に短いものです。
例えば峠をいくつも越えるハードなトレーニングを行ったとしても、実際半分以上はエンデュランス領域もしくはリカバリー領域で走っているものです。
4時間のトレーニングの中で、20分の峠を3回FTP領域で攻めたならば実際の練習内容は概ね下記ぐらいになります。
FTP20分×3=1時間
エンデュランス領域=1時間
リカバリー領域=2時間
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合計 4時間
この中で実際のトレーニング=体に負荷を与えているのはFTPとエンデュランス領域に入っている時間ですから、リカバリーを刈り込み、ほぼ同じ負荷の練習を3時間で行う事は可能です。余った1時間は他の強化に使う事も出来ますし、家で”実際にリカバリーする”時間に回すこともできます。このようにパワーゾーンでトレーニングを管理することにより、より短い時間でより効果的なトレーニングが可能になります。
少し長くなってきましたので、続きは明日にしましょう。
明日はあまり語られないデメリットについてもご説明します。
Peaks Coaching Group
ハンターアレン、中田尚志(共著)
ハンター・アレン…全米自転車競技連盟Level1認証コーチ。元プロ・ロード選手。1995年よりあらゆる種目のコーチングを手掛け世界チャンピオン、全米チャンピオンを始め1,000以上の勝利に貢献している。全米自転車競技連盟パワートレーニング講座の講師。
パワー・トレーニング・バイブル(原書:Training and racing with Power Meter)他、著書多数。