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監督が選手を止めさせる!?

昨日のツール・ド・フランスではエガン・ベルナルがスタートしなかった事が大きな話題になりました。
 
総合トップ10に一人も送り込めていないイネオスにとってベルナルを離脱させるのは難しい判断だったと思います。
しかし、ドフィネで負った怪我の影響を考え若いベルナルには無理をさせないことにしたようです。
 
 
このニュースを聞いた時に市川雅敏さんからお聞きした「良い監督の条件」の話を思い出しました。
 
「良い監督だと選手がリタイアに追い込まれる前に”もう降りなさい”って止めるの。」
 

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[レース] 市川雅敏 gets PEZ’d!

「日本最初のグランツール完走者 マサトシ・イチカワ」
 

市川雅敏さんのインタビューが

PezCycling News に掲載されました!
 
「私は欧州の環境でやっていけるサムライだった」
 
「スティーブン・ホッジを始め素晴らしい人々の導きなしにはプロにはなれなかった。」
 
「もう一度生まれ変わってもヨーロッパでプロになりたいね」
 
現代の若い選手が読んでも、参考になるような素晴らしい話が沢山あります。
欧州を夢見る選手には是非読んで頂ければと思います。
 
プロへの登竜門「ビスカイヤ」でプロへの道が開く(c) Masatoshi Ichikawa
 
 
日本人が初めてグランツールの出走サインをした瞬間 (c)Haruo Isshi
 
 
 
ドロミテの山岳ステージをこなす  (c)Haruo Isshi
 
 
市川さんの写真を提供いただいた皆様ありがとうございました!
 
Peaks Coaching Group – Japan
中田尚志
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本文より
80-90年代。オーストラリア人、イギリス人、アメリカ人は欧州のプロ・プロトンに居たけど日本人は殆ど居なかった。ましてやグランツールには皆無。
そんな時に市川雅敏は現れて1990年のジロ・デ・イタリアをフィニッシュした。
ツール・ド・フランスを初めて完走したのは2009年の別府史之と新城幸也。しかし日本人によるグランツールの完走は30年近くも前に達成されていた。
1990年、市川雅敏はフランク・トーヨーに所属し”バラ色のレース”を50位で完走していた。 彼の話を聞いてみよう:
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[Track] スイスチームのコーチ ダニエル・ギジガー

スイスのコーチを務めるのはダニエル・ギジガー。
ファビアン・カンチェラーラの登場より遥か昔、1980年代のグラプリ・ド・ナシオン(TTレース)でベルナール・イノーやグレッグ・レモンといった当時のスーパースターを破り優勝した元祖TTスペシャリストです。
 
(1)Mr.タイムトライアル
Mr.タイムトライアルと称されたギジガーはエアロパーツやスキンスーツを取り入れた最初のプロ選手と言われています。
機材と共にトレーニング方法の研究にも熱心で新しい手法を採用する事で勝利を重ねてきました。
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(2)コーチとして
引退した直後の1990 年、ジロに日本人として初めて参戦した市川雅敏さんのトレーニングプランを考案したのもギジガーでした。
当時まだ珍しかったピリオタイゼーションを用いて調子を上げることに成功したのです。
 
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PC サイクルスポーツ 1990年8月号
 
写真提供: 市川雅敏氏 
写真提供: 市川雅敏氏
 
トラック&ロード競技を志す若者が減り、近年は選手育成に苦労するスイスですが、それでも彼のコーチングによりスイスは4kmチームパーシュートのタイム更新に成功しています。
ヨーロッパで30年に渡り活躍する彼のコーチング方法は私も非常に興味があります。
 
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Peaks Coaching Group Japan
Nakata Takashi